法律事務所羅針盤(千葉県市川市)所属の弁護士本田真郷です。
今回は、遺留分侵害額請求について、遺留分の意義や実際の権利行使の方法、手続の流れなどを説明していきます。
また遺留分侵害額請求を受けた場合の対応についても説明します。
1 遺留分侵害額請求とは?
(1)遺留分の意義
遺留分とは?
兄弟姉妹を除く法定相続人に保障される最低限度の相続分のことを遺留分と言います。
なぜ遺留分が認められているの?
被相続人は、本来、自分の財産を自由に処分できるはずであり、相続関係に関わらず、生前贈与や遺言作成を通じて、特定の人に財産を譲ることができます。
しかし、被相続人の財産は相続人の生活保障の糧として活用されていた場合もありますし、被相続人の財産形成に相続人が何らかの貢献をしていたことも十分考えられます。
このような場合、被相続人の財産処分を被相続人の自由意思に完全に委ねてしまうことには不都合が生じることがあり得ます。
そこで、被相続人の財産処分の自由と相続人の保護の両要請を調整するため、民法は、「被相続人は財産を自由に処分できる。ただし、相続人の最低限度の相続分すら侵害される場合は、相続人は権利行使を通じて最低限度の相続分を確保することができる」という制度を採用しました。
この制度が遺留分です。
(2)遺留分侵害額請求権の行使
誰が行使できる?
遺留分は遺留分侵害額請求権の行使により確保します。
遺留分侵害額請求権を行使できるのは兄弟姉妹以外の相続人です(民法1042条1項)。
誰に対して行使する?
遺留分侵害額請求権の行使の相手方は、遺留分の侵害を発生させた生前贈与、遺言(遺贈)によって利益を受けた者(受贈者、相続人、受遺者など)です。
遺留分侵害額請求権を行使できる場合
遺留分侵害額請求権を行使できるのは、遺留分を侵害する生前贈与または遺言(遺贈)がある場合です。
そのため、生前贈与も遺言もない場合は、遺留分の問題が出てくることはありません。
ただし、生前贈与については、原則として以下の条件を満たす生前贈与である必要があります(民法1044条)。
①相続人以外の者に対する贈与 相続開始前1年間に行われた贈与
②相続人に対する贈与 相続開始前10年間に行われた贈与(ただし、婚姻、養子縁組、生計の資本として行われた贈与に限る)
※贈与の当事者双方が遺留分を侵害することを知って行った贈与の場合は、上記期間制限は適用されず、どれだけ前の贈与であっても遺留分侵害額請求権の行使対象となります。
(3)遺留分の計算方法
全体の遺留分
全体の遺留分(その相続における各相続人の遺留分の総体)は、相続人の種類によって以下のとおり異なります(民法1042条1項)。
・直系尊属(父母など)のみが相続人である場合 相続財産の3分の1
・それ以外の場合 相続財産の2分の1
例えば、相続人が配偶者と父母である場合は、直系尊属のみではないため、遺留分は2分の1となります。
個別的遺留分
個別的遺留分(相続人が各自行使できる遺留分)は、全体の遺留分に法定相続分を乗じた割合となります(民法1042条2項)。
例えば、相続人が配偶者と子3人の場合、以下のとおりです。
全体の遺留分 2分の1
配偶者の遺留分 全体の遺留分2分の1×法定相続分2分の1=4分の1
子の遺留分(1名分) 全体の遺留分2分の1×法定相続分6分の1=12分の1
遺留分算定の基礎となる相続財産
遺留分算定の基礎となる相続財産価額は、被相続人が相続開始時に有していた財産価格に、被相続人が相続開始前1年間(受贈者が相続人の場合は10年間)に贈与した財産の価格を加え、債務額(被相続人名義の借金など)を控除した金額となります(民法1043条1項)。
不動産など評価が必要な財産の評価基準時は相続開始時となっています。民法改正前の遺留分減殺請求における価額弁償時の評価基準時は実際の支払時(弁償時)となっていましたが、この点は変更されている点には留意が必要です。
遺留分の計算例
相続人 配偶者Aと子BCの3名
相続財産 相続発生時の相続財産価額1億1000円、相続債務2000万円
Cに対する生前贈与1000万円
の場合、遺留分の計算は以下のとおりとなります。
①遺留分の割合
全体の遺留分 2分の1
配偶者Aの遺留分 2分の1×法定相続分2分の1=4分の1
子BCの遺留分 2分の1×法定相続分4分の1=各8分の1
②基礎となる相続財産価額
相続財産価額1億1000円+生前贈与額1000万円-債務額2000万円=1億円
③ABCの遺留分相当額
Aの遺留分相当額 1億円×4分の1=2500万円
Bの遺留分相当額 1億円×8分の1=1250万円
Cの遺留分相当額 1億円×8分の1=1250万円。ただし、1000万円は生前贈与により取得済みであるため遺留分侵害額請求権行使可能額は250万円
(4)遺留分侵害額請求権を行使するとどうなる?
平成30年改正民法(令和元年7月1日施行)により、遺留分侵害額請求権は、金銭請求とされています(民法1046条1項)。
そのため、遺留分侵害額請求権を行使すると、遺留分侵害額相当の金銭請求権が発生することとなります。
余談~遺留分減殺請求~
遺留分侵害額請求権は、平成30年の民法改正前は「遺留分減殺(げんさい)請求権」という名称の権利でした。
昔、リーガル・ハイというTVドラマで、弁護士役の女優さんが「遺留分減殺(げんさつ)請求」と言っており、「はっきり「げんさつ」と聞こえるなんてさすが役者さんの活舌だな」と変に感心していたところ、このTVドラマがDVD化されたため、購入して改めてその場面を見ると、ちゃんと「遺留分減殺(げんさい)請求」と言っていたのです。
あれ?最初が聞き間違いだったか?と思い、放送当時のネット情報を探してみると、多くの堀津関係者が「げんさつ」請求に関するツッコミを入れており、「多方面から色々言われて、ここだけ撮り直したのかな?」と可笑しみを覚えたものでした。
「遺留分侵害額請求権」に変わり、このような読み間違いはなくなるでしょうが、あれはあれで趣があったと思い、ちょっとした遺留分減殺ロスになっている自分に気づいたりしたものです。
2 遺留分侵害額請求の方法
(1)内容証明郵便で行使する
遺留分侵害額請求権の行使は、通常、内容証明郵便によって行います。
内容証明郵便以外の行使が許されないわけではありませんが、期間制限の問題があるため、いつ遺留分侵害額請求権を行使したのか証拠関係を明確とするため、内容証明郵便を利用することを強く推奨します。
(2)権利行使の方法
遺留分侵害額請求権は金銭請求権ですが、行使の時点では相続財産の全体が判明しておらず、請求額を明示することができないことも珍しくありません。
このような場合、遺留分侵害額請求権の行使時点では、内容証明郵便に遺留分を侵害する生前贈与・遺言があること、遺留分侵害額請求権を行使すること、の2点を記載すれば足り、具体的な金額まで記載する必要はありません。
ただし、相手方に遅延損害金の請求を行うためには、具体的金額を示した請求が必要となると考えられるため、請求額の計算ができた時点で、改めて請求を行うことが望ましいと思われます。
(3)期間制限に注意~遺留分侵害額請求権の時効消滅~
遺留分侵害額請求権は、相続開始及び遺留分侵害があることの双方を知ったときから起算して1年以内に行使しない場合には時効により消滅します(民法1048条)。
つまり、相続開始後に、遺留分を侵害する遺言が存在することを知った場合、遺留分侵害額請求権を行使できるのは、その遺言の存在を知ったときから1年間となります。
ただし、相続開始後10年を経過した場合は、遺留分侵害の事実の知不知を問わず、遺留分侵害額請求権は時効により消滅し、行使することはできません。
(4)まずは協議を行う
遺留分侵害額請求権を行使した場合、まずは相手方との協議による解決を図ることが通常です。
協議を通じて遺留分侵害額相当の金銭支払の合意ができれば、遺留分侵害額請求はそれで解決です。
(5)協議で決着しない場合は調停、訴訟
協議による解決ができなかった場合、調停、訴訟による解決を図ります。
この点、遺留分に関する紛争については、調停前置主義が適用されるため、訴訟提起の前にまずは調停を行い、調停不成立の場合に訴訟を提起するという流れとなります。
遺留分侵害額請求調停の管轄裁判所
遺留分侵害額請求の相手方の住所地を管轄する家庭裁判所
遺留分侵害額請求訴訟の管轄裁判所
請求者の住所地、相手方の住所地、被相続人の最後の住所地のいずれかを管轄する地方裁判所
3 遺留分侵害額請求を受ける側の対応
ここでは遺留分侵害額請求を受ける側が検討すべき対応について説明します。
遺留分侵害額請求を受ける側とは、例えば、他に兄弟姉妹以外の相続人がいるのに、被相続人の遺言で全財産を取得することとなった相続人など、遺留分侵害を伴う生前贈与、遺言等により、財産を取得した者が該当します。
(1)遺言を開示しないと期間が進まない
まず、他の相続人に対し、遺言の内容を開示することが必要となります。遺言を開示しない限り、遺留分権利者は、遺留分が侵害された事実を知ることができないため、1年間の期間制限の計算がスタートせず、いつでも遺留分侵害額請求を受けうる状態が続くこととなります(ただし、相続開始後10年が経過すれば遺留分侵害額請求権は時効消滅します)。
そのため、一般的に、遺留分侵害額請求が行使されるのかされないのか不確定な状態が続くのは望ましいことではないため、法律関係の早期安定を図るためにも、早々に遺言書を開示して、遺留分侵害額請求の期間制限のカウントをスタートすることが望ましいでしょう。
なお、遺留分侵害の対象が生前贈与である場合は、当該生前贈与があったことの開示を検討することとなります。
(2)相続手続はそのまま進めてよい
遺留分を侵害する内容の遺言である場合でも、遺言に基づく相続手続(預貯金の解約払戻しや不動産の名義変更)はそのまま進めてしまって問題ありません。
遺留分侵害額請求は、行使するかどうか自体が相続人の意向によるものですし、行使されたからといって、遺言書に基づく相続手続に影響を及ぼすものではありません。
そのため、遺留分侵害額行使の期間制限1年間の経過を待つ必要はなく、相続手続は淡々と進めることとなります。
もっとも、遺留分侵害額請求権が行使された場合は、遺留分相当額の金銭支払義務が生じることとなるため、財源の手当てを忘れないようにしましょう。
(3)相続財産目録を作成する
遺留分侵害額請求権の行使を受けた場合、相続財産の全体金額が分からないと、遺留分侵害額相当の金銭支払義務の金額を確定することができません。
そのため、まずは相続財産目録を作成し、相続財産の全体像を確認します(ただし、相続財産目録を遺留分侵害額請求権行使者に開示するかどうかはケースバイケースです)。
(4)行使者と協議する
相続財産目録を作成し、相続財産の全体像を確認したら、実際に遺留分侵害額請求権の行使者と協議を行います。
相続財産の全体像に関する双方の認識が共通であればスムーズに合意が成立する場合もあります。他方、相続財産中に不動産や自社株式等が含まれている場合は、評価額に関する認識が異なり、調停や訴訟による決着を検討すべき場合もあります。
(5)合意時に清算条項を設ける
協議、調停による解決の場合、合意書中に必ず清算条項を設けましょう。
清算条項とは、「この合意内容以外に、両者の間に何らの債権債務がないことを確認する」旨の条項です。
相続手続きの全体像は下記の記事でも解説しています
はじめての方にとって相続手続きは、複雑に感じることが多いと思います。
下記の記事では相続手続きの全体像を初心者の方でもわかりやすいよう簡単にまとめておりますので、ぜひ参考にしてください。