葬儀費用は相続財産から支出できる?相続放棄の可否について

法律事務所羅針盤(千葉県市川市)所属の弁護士本田真郷です。
今回は、被相続人の相続財産から葬儀費用を支出した場合に相続放棄が許されるか、相続財産を「処分」したと言える場合について、裁判例などの解説を交えながら説明していきます。

相続が発生した場合、まずは被相続人の葬儀を行うことが通常です。
葬儀費用は厳密には喪主負担とされるものですが、現実には、相続財産から葬儀費用を支出することも多いと思われます。

葬儀費用の相続財産からの支出については、相続人全員の同意がある場合は、基本的に問題ありません。しかし、ここで被相続人が多額の借金を抱えており、相続放棄を検討したい場合は、慎重な判断が必要となります。
その相続財産からの支出により、相続放棄が認められなくなってしまう場合があるからです。

目次

1 相続財産を「処分」したら相続放棄は認められない

相続人は、相続の発生及び自分が相続人であることを知ったときから、原則として3か月以内に、その相続について、単純承認するか、相続放棄または限定承認をするか決めなければなりません(民法915条1項)。
この相続人の考慮期間を「熟慮期間」といいます。

しかし、この熟慮期間中に、相続人が相続財産の一部または全部を処分してしまった場合は、当該相続人は相続を単純承認したものとみなされ、熟慮期間経過前であってももはや相続放棄を行うことが認められないこととなります(民法921条1号)。

2 葬儀費用の支出は「処分」に当たる?

被相続人の社会的地位などに応じて、相応な葬儀と言える場合は、葬儀費用の支出は「処分」に当たらず、相続放棄は認められると考えられています。

裁判例にも、相続人が唯一の相続財産である預貯金約300万円を払戻して全額を葬儀費用等の支払に充当したケースにおいて、相続財産からの葬儀費用の支出は「処分」に当たらないと判断した事例があります(大阪高裁平成14年7月3日決定)。

「葬儀は、人生最後の儀式として執り行われるものであり、社会的儀式として必要性が高いものである。そして、その時期を予想することは困難であり、葬儀を執り行うためには、必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また、相続財産があるにもかかわらず、これを使用することが許されず、相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば、むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。
したがって、相続財産から葬儀費用を支出する行為は、法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。」

大阪高裁平成14年7月3日決定

3 墓石、仏壇等の支出は認められる?

墓石や仏壇の購入費用は葬儀費用に当たるものではありませんが、社会的に相当な範囲内の購入であれば、「処分」に当たらないと考えることが可能とされています。

上記大阪高裁平成14年7月3日決定は、実は相続財産を仏壇や墓石購入にも充当していた事例ですが、裁判所は相続財産を仏壇や墓石購入に充てた行為は「相続財産の処分」に当たると断定できないとし、相続放棄を認めました。

「葬儀の後に仏壇や墓石を購入することは、葬儀費用の支払とはやや趣を異にする面があるが、一家の中心である夫ないし父親が死亡した場合に、その家に仏壇がなければこれを購入して死者をまつり、墓地があっても墓石がない場合にこれを建立して死者を弔うことも我が国の通常の慣例であり、預貯金等の被相続人の財産が残された場合で、相続債務があることが分からない場合に、遺族がこれを利用することも自然な行動である。
そして、抗告人らが購入した仏壇及び墓石は、いずれも社会的にみて不相当に高額のものとも断定できない上、抗告人らが香典及び本件貯金からこれらの購入費用を支出したが、不足したため、一部は自己負担したものである。
これらの事実に、葬儀費用に関して先に述べたところと併せ考えると、抗告人らが本件貯金を解約し、その一部を仏壇及び墓石の購入費用の一部に充てた行為が、明白に法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)に当たると断定できないというべきである。」

大阪高裁平成14年7月3日決定

4 まとめ

このように、相当な費用の範囲であれば、相続財産から葬儀費用を支出しても「処分」には当たらず、なお相続放棄を行うことが可能です。
ただし、相当な費用の範囲に当たるかどうかはケースバイケースの判断となり、安易な判断はリスクが高いものと考えられます。

上記の大阪高裁平成14年7月3日決定は、唯一の相続財産である預貯金300万円の全額を葬儀費用のみならず、仏壇や墓石の購入費用に充てた場合でもなお相続放棄を認めた事例ですが、この事例では、葬儀費用等の支出を行った時点では、相続人が相続債務(約6000万円)の存在を認識していなかったと認定されていることには留意が必要です。

万一にも相続放棄が認められなかった場合のリスクを考慮すれば、できる限り事前に専門家に相談しておくことが望ましいといえるでしょう。

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