遺産分割前に預貯金を引き出し。預金払戻制度とその注意点

市川市本八幡の相続相談に強い法律事務所羅針盤の弁護士の本田です。

相続が発生した場合、できるだけ早く金融機関に届出をしなければなりません。

しかし、その結果、被相続人の口座は凍結されてしまいます。

「生活費が引き出せない!」「葬式代を立て替えたために、苦しい思いをしている」などと困っている方もいるのではないでしょうか。

そんな時にぜひ利用を検討したいのが「預金払戻制度」です。

相続人が単独で手続きでき、遺産分割協議が終了する前でもある程度の金額を引き出せます。

ただし、相続放棄ができなくなったり、利用できない場合があったりするなどの注意点もあるため、利用前にこの制度についてよく知っておくことが大切です。

そこで、今回は預金払戻制度の概要と、実際の利用方法、払い戻しを受けられる額と手続きに必要な書類、利用の際の注意点について、わかりやすく解説します。

預金払戻制度の利用を検討している方はぜひご一読ください。

目次

遺産分割前に利用できる「預金払戻制度」とは

まずは「預金払戻制度」とはどんな制度なのか、なぜ設置され、どのようなメリットがあるのかについて解説します。

遺産分割協議終了前でも預金の一部を引き出せる

預金払戻制度とは、端的にいうと、遺産分割協議終了前でも各相続人が単独で預金の一部を引き出せる制度です。

この制度は、令和元年7月1日に施行された改正相続法により、民法第909条2項が追加されたことにより設置されました。

第九百九条の二 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権額の三分の一に第九百条及び第九百一条の規定により算定した当該共同相続人の相続分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)については、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす。

引用元:民法|e-Gov法令検索

預金払戻制度設置の背景

相続が発生すると、口座名義人が亡くなった旨を金融機関に届け出なければなりません。

しかし、届出をすると口座が凍結され、出金できなくなります。

相続人全員の同意があれば払い戻せますが、協力してくれなかったり音信不通であったりする相続人がいるケースも少なくありません。

遺産分割協議を行うにも時間がかかります。

そのため、被相続人と生計を共にしていた遺族が当面の生活費に困ったり、葬式費用を立て替えた人が苦しい思いをしたりするケースも多くありました。

このような問題を解消するため、法律が改正され、預金払戻制度が設置されるに至ったのです。

遺産分割前に預金払戻制度を利用するメリット

預金払戻制度を利用するメリットとしては、以下のようなことが挙げられます。

・被相続人と生計を共にしていた家族の生活費をあがなえる

・葬儀費用をまかなえる

・被相続人の債務返済に充てられる

預金払戻制度における払い戻し方法は2つ

預金払戻制度を利用するには、以下の2つの方法があります。

金融機関に直接請求する方法

金融機関で直接手続きをして、払い戻せる方法です。

家庭裁判所での調停や審判を利用していない場合は、こちらの方法を利用できます。

家庭裁判所の判断による方法

家庭裁判所で遺産分割調停や審判手続きを申し立てている場合は、金融機関で手続きをする前に、同じ家庭裁判所に預金払い戻しについての申し立てをしなければなりません。

家庭裁判所がその必要性と、他の相続人が不利益を被らないと認められた場合のみ利用できます。

金融機関に請求する場合に払い戻せる額と必要書類

どれくらいの金額の払い戻しを受けられるのか、また、実際の手続きはどのように行うのか気になる方も多いでしょう。

ここでは、金融機関に直接請求する方法による場合の払戻可能金額と、払戻手続きに必要な書類を紹介します。

金融機関に直接請求する場合はいくらまで引き出せるか

払い戻せる金額は次のように決められています。

引き出し可能額の計算式

引き出せる金額は口座ごとに、下記の計算式で算出します。

払戻可能額=相続開始時の預金額×1/3×払い戻しをする相続人の法定相続分

たとえば、相続開始時の預金額が600万円、相続人は、被相続人の配偶者と2人の子ども、払い戻しをするのが被相続人の配偶者であるとしましょう。

被相続人の配偶者の法定相続分は1/2なので、払戻可能額は次のようになります。

払戻可能額=600万円×1/3×1/2=100万円

上限は一つの金融機関につき150万円

払い戻しを受けられる額には上限があり、一つの金融機関あたり150万円までしか引き出せません。

先ほどの例では、同一の金融機関に預金額の同じ口座がもう1口座あったとしても、その口座からは引き出せる額は50万円です。

さらに、先ほど例として挙げた家族で、預金額が1,200万円であった場合、被相続人の配偶者が引き出せる額は、1,200万円×1/3×1/2=200万円ですが、上限額を超えているため150万円しか引き出せません。

金融機関に直接請求する場合の必要書類

預金払戻制度の利用には、以下の書類の提出が必要です。

・被相続人の出生から死亡に至るまでの戸籍謄本類全て

・相続人全員分の戸籍謄本または全部事項証明書

・払い戻しをする相続人の印鑑証明書

・払い戻しをする相続人の本人確認書類

ただし、金融機関によっては必要な書類が異なる場合もあります。

念のため、事前に金融機関に確認しておくことをおすすめします。

家庭裁判所に申し立てをして払い戻す方法

家庭裁判所で遺産分割調停や審判を申し立てている場合は、金融機関で手続きをする前に家庭裁判所に審判の申し立てをしなければなりません。

ここでは、家庭裁判所への申し立てを経る場合の払戻額と、払戻手続きの際に必要な書類を紹介します。

遺産分割調停中または審判中に保全処分を申し立てる

遺産分割調停や審判を裁判所に申し立てている場合は、同じ家庭裁判所に保全処分の申し立てを行い、預金の払い戻しの許可を求めます。

裁判所に払い戻しを認めてもらうためには、以下の要件を満たす必要があります。

・相続預金の払い戻しの必要性が認められること

・他の共同相続人の利益を害さないこと

特に前者については、申立書に必ず記載しなければなりません。

審理の席でも伝えられますが、裁判所に認めてもらうには、何より法律知識や過去の裁判例を用いながら論理的に説明することが大切です。

払い戻しのできる可能性を高めるためにも弁護士に相談や依頼をする方がよいでしょう。

払い戻せる額は裁判所が決める

家庭裁判所に保全処分を申し立てた場合、払い戻せる金額は裁判所が決定します。

上限はなく、裁判所がその必要性を認めさえすればいくらであっても引き出せます。

家庭裁判所に申し立てて払い戻す場合の必要書類

家庭裁判所の審理を経た場合、金融機関での手続きの際には下記の書類が必要です。

・家庭裁判所の審判書謄本

・払い戻しをする相続人の印鑑証明書

・払い戻しをする相続人の本人確認書類

また、審判は確定しなければその効力はないため、審判書に確定表示がなければ審判確定証明書の添付も必要です。

審判確定証明書は、審判を行った家庭裁判所に申請すれば取得できます。

各家庭裁判所のホームページから申請書をダウンロードするか、裁判所に備え付けてあるものを利用するとよいでしょう。

また、申請書には150円分の収入印紙の貼付も必要です。

遺産分割前に預金払戻制度を利用する際の注意点

預金払戻制度は、早急にお金が必要で、遺産分割協議が終了するまで待てない場合に便利です。

しかし、以下のような注意点もあるため、本当に利用するのが適当かどうかはよく検討するようにしましょう。

相続放棄ができなくなる

預金払戻制度によって、被相続人の預金を引き出し、費消してしまうと、単純承認したとみなされ相続放棄ができません。

安易に利用した結果、多額の債務を相続することになっては大変です。

きちんと財産調査を行い、プラスの財産とマイナスの財産がそれぞれどれくらいあるのかを把握したうえで、利用を検討することをおすすめします。

遺言があると利用できないこともある

被相続人が遺言を残していた場合、その内容が何より優先されます。

そのため、遺言で「預貯金の全額をAに譲る」とあれば、預貯金は全てAのものとなるため、他の相続人は引き出せません。

遺産分割協議は払い戻し分を含めて行う

預金払戻制度について定めた民法代909条2項において「当該権利の行使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを取得したものとみなす」と定められているとおり、遺産分割協議の際には、引き出した預金はその相続人がすでに取得した遺産と考えられます。

もし遺産分割協議で決まった金額よりも多く引き出していた場合は、超過分を清算する必要があるため注意しましょう。

単独で行うとトラブルになる可能性も

預金払戻制度の利用は、必ず他の相続人の同意を得てからにしましょう。

何も告げずに単独で行うと、後になって相続人同士でトラブルになる可能性があります。

すぐに払い戻してもらえるわけではない

金融機関の窓口で手続きをすれば、すぐに払い戻しを受けられるわけではありません。

要する期間は金融機関によりますが、1週間から3週間程度かかるところが多いでしょう。

まとめ

今回は、新しく設置された預金払戻制度について解説しました。

預金払戻制度を利用すれば、遺産分割協議前でも預金を引き出すことができます。

生活費や葬式代が不足し、困っている方などにとっては大変ありがたい制度といえるでしょう。

手続きは自分でも行えますが、特に遺産分割調停や審判を家庭裁判所に申し立てている場合は保全処分を申し立てる必要があるため、弁護士に任せることをおすすめします。

千葉県市川市の法律事務所羅針盤では相続問題に力を入れて取り組んでいます。

預金払戻制度についてわからないことがある場合は、ぜひお気軽にご相談ください。

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